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豺狼 一章、鬼眼

あらすじ

鬼に左目を支配され、忌み嫌われて生きている少年と
王に忠誠を尽くしていたにも関わらず、裏切られ、
狼の様に生きている男との出会いから別れの話
(一部に暴力表現あり、苦手な方はお気をつけください)


豺狼

「人間なんて、ろくなもんじゃねえ」
 ・・・そう呟いた。
 彼の心の中で、幾度と無く吐き捨てた言葉だ。
 口の中がザラザラする、息をしたら、共に砂が入ったようだ。
 砂塵の大地、今日は特に風が強い
”そういうなよ”
 彼から、別の声が聞こえた
 まだ、六つか七つの揚華(ようか)とは明らかに違う声、もっと、耳障りで枯れた声だ。
”お前だって、その一人なんだぜ”
 弱り果てた揚華とは、対称的な、陽気な口調
 その声は、揚華の左目から発せられた言葉だった。
「・・・お前に、言われたく・・・ねえよ」
 逆撫でされるような不快感に襲われたが、もはや自分には怒る気力も残っていない。
 遊牧民が不要になり、捨てていったであろう、無数のゴミの中、
 決してそれで暖を取れるわけがない状況で、それでも揚華は、ボロ布を身に繰り寄せている。
 まわりは一面の砂漠だ、砂埃が混じる冷たい強い風が、揚華の体力を奪う。
 先ほどまで、まわりは何も見えない、漆黒の世界だったが、次第に群青に変わっていく。
 揚華は、目を細め、布を頭から深く被った。
 右の子供らしい目とは、不釣合いな、赤いおぞましい左の目、
 揚華の物ではあるが、単独で意思をもつ・・・”鬼”だ。
 極力、硬く閉じるようにして、さらにボサボサの黒髪で必死で隠すよう努めている。
 物心が付く頃、両親に捨てられた事に始まり。
 揚華にとって、それは、すべての元凶だった。
 拾ってくれた人間は居た・・・だけど、揚華が鬼に憑かれている事に気づいた、とたん、
 手の平を返したように、忌み、嫌われ捨てられた。
 馴れる様、努力したが、その心の中で、割り切れないものが彼を襲う。
 完治していない切り傷の上を、ふたたび傷を入れるようだ。
「・・・いっそ事」
 誰とも関わらず生きていければ、揚華はそう思う。
 自分が誰にも頼らず、一人で生きてゆければ・・・だが、そんな事、出来るはずもない事だ。
 空を見上げると、頭上を複数の鴉が鳴きながら、回るように飛んでいた。
 まるで、揚華の死を待っているかのように。
 奴らは自分が死ぬのを待って、食らうつもりなのだろう。
 ・・・俺は、鴉以下だ。
 自分の周りにあるゴミ、これらと自分は、幾分の価値も違わないように思う。
「・・・疲れたな」
 その言葉を口にした後、全身の力が抜け、ふと、意識が遠のいて行くのが解った。
 次に目覚めなければ、自分はカラスの餌になったのだろう・・・むしろ、そうだった方がいいかもしれない。
 この空腹や虚無感から、もう解放されたいと・・・

「・・・・!」
 眠ってから、どれくらいだったろう・・・いや、すぐ、だったかもしれない。
 顔を舐める、感触がした。あと、荒い息。
 ふと見ると、目の前に犬が居た。
(鴉じゃなくて、犬の餌になるのか)
 一瞬、そう思ったが、すぐにそうではない事に気がついた。
 それなりに強そうな犬種、そして若い犬だ。
 しかし、全身、傷があり、皮膚はただれ、打ち付けられた痕がある。
 何よりも、絶望したような、輝きの無い瞳が、実際よりもずっと老いているような雰囲気にさせていた。
「・・・お前」
 その惨めな姿に思わず、言葉を詰まらせた。
 思わず手を伸ばした・・・そんな時だった。

「誰だ、てめえ」
 低い声がして、近づいてくる足跡
 見れば、ゴアゴアな毛皮を身に着けた、大男だ。
「!!」
 目を合せて、思わず身震いをした
 獰猛な目つき、こちらの方がよほど野犬だ
 まったく、手入れしている様子のない、髪や髭
 真っ当な生活をしているものではない事が一目で解った。
「突然、走っていくから何かと思えば」
 男は揚華を見て、つまらなそうに言う。
「餓死、直前のガキなんて、何の役にもなりゃしねえ」
 揚華はただ項垂れた・・・自分にはもう何をする気力も残ってない。
 ・・・そんな時だった。
「居たぞ!!あいつだ」
 追いかけてくる、複数の男達。
 この大男ほどではないが、皆、屈強そうだ。
 盗賊か何かなのだろう、
「よくも・・・!」
 ギリギリと歯を鳴らし、忌まわしそうに大男に食ってかかる。
「大人しく金をよこさねーからだ」
 大男は言った。全く動じた様子は無い。
 それとは対照的に、犬はウーウーと、男達に威嚇をし始めた。
 こんな姿なのに、主人に対して、忠誠しているのか!?
 揚華は、その事に驚いた。
 盗賊の一人が揚華の存在に気づいた。
「おい!ガキが紛れ込んでいるぞ」
「知るか、一緒に片付けちまえ!」
 この野犬男が自分を守るとは思えない・・・だけど、盗賊らが勝っても、自分は助からないだろう。
 逃げる気力も無かった、
 揚華はただ、この戦場を見守る事しか出来ないと感じた。
 大男を盗賊たちが取り囲み、大男に一斉に斬りかかって来た。
・・・砂塵の中、横たわっていて、何が見えるのか?
 いや、普通ならほとんど見る事など、できないだろう。
 しかし、揚華には鮮明に写った・・・見ているのは、そう、忌まわしい左目。
 盗賊の一人が剣を振り上げる。
 右脇の急所を見事につく攻撃だったが、大男は紙一重で交わし、相手の胴の前を剣先が横に走っていった。
 その瞬間、まわりに血しぶきが飛び、盗賊は崩れ落ちる。
 大男は、それに手ごたえを感じた様子も無く、次の剣を繰り出していた。
・・・慣れてるんだ。
 日常をこんな風に過ごしているのだろう。
 大人数なのにも関わらず、大男は全く押されている様子は無い。
 次々、襲い掛かる攻撃を交わして、斬り、交わして、斬り
 盗賊たちを次々に肉塊へ変えていく。
 だが
「うっ!」
 揚華は左目を強く抑えた。
 激痛と共に、常識的にはありえない速さで左目見開いて動いた。
 ピクピクと完全に別の生き物だ。
”来る!!”
 揚華の左目が叫んだ。
 大男がその、少年らしからぬ声に振り返り
 明らかに異形な左目を見て、ハッとした。
”右後方、弓兵だ!”
 一瞬、間を置き、左目は言う。
”今だ!剣をなぎ払え!!”
 大男はその方向に剣を向けると、まさにそのタイミングで弓が飛んできた。
 その通り、勢いよくなぎ払い、弓は地面に叩きつけられた。
「鬼眼か・・・」
 男が初めてニヤリと笑った。
 何か含むものがあるのか、不気味で思わず身震いした。
・・・だが、今はそんなもの、どうだっていい・・・ここを切り抜けたい。
「おい、ガキ」
 大男は揚華に、ぶっきらぼうに言った。
「弓兵は、あと何人居る?」
「・・・四人」
 左目で感じるものは、自分でも解る。
 それが、鬼であっても、自身の左目であるという、何よりの証だと思う。
「そいつらの動き、お前が伝えろ」
 大男はそう言った。
 揚華はそれに従うほかに選択は無かった。
・・・・ほどなく、その場所に居る人間は、揚華と大男のみになっていた。
 先ほど、たかっていたカラス達が、ギャアギャアと鳴きながら、肉塊を貪りあっていた。
 何も無ければ、ここで餌になっていたのは自分だっただろう。
「・・・嫌だ・・・」
 言葉がもれる、乾いた目からは何も出なかったが、言葉は震えていた。
「助けてくれ・・・・死にたくない」
「ほう?」
 大男は意外とばかりに一瞬、目を見開いたが、すぐに元の目つきに戻った。
「・・・いいだろう」
 すぐさま、背を向けて歩き出す
 揚華はそれを追いかけようと立ち上がるが、限界の体は言う事を聞かない。
 だが、大男には、そんなこと、どうでもいいようだ・・・徐々に姿が小さくなっていく。
 揚華は気力で追いかけて行った。
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豺狼 二章、犬

 揚華が目覚めた時、そこは砂塵ではなかった。
 下は土だったが、屋根はある
 そういえば、おぼろながらに、男の家を見た気がする・・・そのあと力が抜けて
 そこから憶えていない。
 ゴン!
 額に衝撃が走った
「何をぼんやりしている」
 大男だ・・・投げられたものをみると、芋だった。
 衝動的に口に入れた、最後に物を食べてどれくらいになるだろう
 喉につまり咳き込んだ。
 中央の鍋で煮られている湯も少し飲んだ。
 とても食とは言えないものだったにせよ、なんとか落ち着いた揚華はその家をよく見回した
・・・今まで見た中でもっとも汚いものだった。
 そんな散乱した粗末な家に所々転がっている、
 高価な石や装飾品は、明らかに盗品だと確信できる。
「おい、こっちへ来い」
 そう言ったのは揚華にではなく犬にだ。
 よろよろと立った犬は主人の下へ歩みよって傍に座った。
 男は犬の頭を撫でながら言う。
「・・・実はな」
 それは揚華に向けられた言葉だったが、目は犬を見たままだ。
「さっきの芋は、こいつの餌だったんだ」
 ニヤリと笑う・・・先ほどの獰猛な目つきだ。
 揚華は嫌な予感がして思わず身構えた。
「ここに2人養う餌は無い・・・解るよな?」
 言い終わらないうちに、男は右に置いてあった鎌を振り上げ。
 傍にいた犬に振り下ろした。
「ヒッ!」
 思わず声にならない悲鳴が漏れた。
 犬の返り血が揚華にも飛んできて、一瞬、何もかも真っ白になる。
 どれくらいの間が過ぎたか解らない。
 は一言も発する事が無かった、即死だったのだろう。
「・・・・なんで」
 わなわなと肩が震えた。
「殺したんだよ・・・懐いてたじゃねーかよ」
「今、言った通りだ」
 男は何事も無かったように涼しげに言った。
「餌がない・・・あと、俺は犬は2頭、飼わねえんだ」
 男が笑いながら近づいてくる、足はすくんでいたが、揚華は悔しさをこらえ切れなかった。
「なら、なんで捨てないんだ・・・殺すなんて」
「ふん・・・」
 つまらなそうに鼻を鳴らした男は、次の瞬間、
 バン!
 揚華の腹を思い切り蹴飛ばした。
「ぐはぁ!」
 壁にぶつかり、うずくまる
「お前が、一番解ると思うんだがな」
 男は冷たく見下ろすと揚華の目の前に座った。
・・・壁と男に挟まれて、揚華には逃げ場がない。
 恐ろしかったが、揚華は目をそらさなかった。
「・・・その結末が、さっきのお前だ、弱って野垂れ死ぬ」
 薄ら笑いを浮かべた。
「お前の親の方がよほど酷いだろう」
 優しかった母の面影が過ぎった・・・酷いだと?
「違っ・・・」
「甘ったれてんじゃねー!」
 同時に左頬に強い衝撃が走った・・・拳だ。
 地面に叩き付けられる
・・・・うっ
 もはや立ち上がる気力もなかったが、揚華の頭は地面から浮いた。
 男が髪を掴んで持ち上げて居るのだ
「恩なんて思わなくていいぞ・・・犬を換えただけだからな」
 男は口元だけ笑った。
「お前の左目は役に立ちそうだ、これからよくしつけてやる」
「・・・この・・・豺狼が!!」
 声が震えていたが、折れたら何もかも捨てたもののような気がする。
 豺はやまいぬの事を言う、
 豺狼とは残酷で欲深い人。むごたらしいことをする人という意味だ。
 男は手を離し、揚華は床に顔から落ちた。
「どれだけ、強情なんだ」
 厭きれた風に言ってはいるが、顔は笑っている。
 その表情が揚華には憎くて仕方がなかった。

豺狼 三章、剣と傷

「豺狼」
 揚華は男をそう呼ぶ事にした。
 そのたびに、手加減無く弄られたが、揚華はやめようとしない。
 男は一切、自らを名乗らない・・・それが悪いんだ。
 揚華はそう思う。
 昼、夜問わず、理不尽な理由で、起き上がることもできないほど殴られた。
 自分はあの時死んだ犬の代わりなのだ。
・・・そう思うと、押さえ切れない惨めさと怒りを感じる。
 そんな頃・・・
 豺狼は揚華に一本の剣を投げてよこした。
「・・・・え?」
「お前は考えた事があるか?」
 豺狼は言葉を続ける
「ここにある金目の物、俺を殺せば、お前の物だ・・・そしたらお前は」
・・・・この生活から抜け出せるのか!?
 揚華の目の色が変わった。ここから逃げたい・・・しかし、逃げたところで
 何も無い揚華には生きていく事はできないだろう。
「その剣はくれてやる」
 男はニヤリと笑った。
「・・・・なんでこんな事」
「そんなことは自分で考えろ・・・いつでも命を狙っていい、だけどな」
「!!」
 目に凄みを増した豺狼に揚華はゾッ!とした。
・・・殺そうとしてもいい・・・だけど、失敗をしたらその時は逆に殺されるときだ。
「解っているみたいだな・・・揚華」
 豺狼は揚華に剣を向けた、遥かに大きく長い剣だ。
「しつけてやると言っただろ・・・少なくともアイツ以上に働いてもらわねえとな」

 外に連れて行かれる。
 稽古だなんて、優しいものじゃない。
 最初に剣を弾き飛ばされたら、後は殴る蹴るの暴力だ。
・・・体中が痛い
 傷は以前にも増して増え、傷がうずいて、終わった後も眠る事さえ間々ならない。
 どうしていいか・・・どうしたら少しでも身を守れるか、
 豺狼を傷つけられるかで必死になったが、間を少し開けられる程度。
 結局は、怪我の上に怪我を増やすだけなのだ。
・・・このままじゃ本当に殺される。
 身が持たない・・・夜中に不意を付いた所で、今では返り討ちにされるだろう。
 逃げても死ぬしかなく、ここにいても死ぬ。
「おれは一体、どうすればいいんだ」
 そんな自問自答で、頭がおかしくなりそうだった。

豺狼 四章、裏切り

「なっ!?」
 日中、豺狼は外へ出かける、不規則ではあるが一度、出かけたらしばらく戻ってこない。
 それなのに、出かけてすぐ誰かが入る音がして、揚華は剣を懐に持ち、身構えた。
「ちょっ!ちょっと待ってくれ!!」
・・・案の定、知らない男だった。
 誰も居ないと思っていたのだろう、酷く困惑した様子を一瞬見せた男だったが。
 すぐに男は見覚えのある表情を浮かべた。
 この表情を知っている。
・・・ああ、昔、犬に会った時の俺の顔だ
 そう思ったとき、ひどく鬱々とした気持ちがこみ上げてきた。
 瀕死の犬・・・それが今の揚華だ。
 腫れ、爛れた体にろくな治療も無いまま、幾重にも傷を重ね
 出血を抑えるため巻かれた布は、取り替えることも無く、悪臭を放っていた。
「・・・こりゃあ・・・ひでえ」
 男の言葉に我に返り、慌てて、左目を髪で隠したが、男はそこまで目が行かなかった。
・・・それほどまでに酷い有様だったから
「・・・・これを、あいつに?」
 心を許した訳ではなかったが、とりあえずうなづいた。
 男の表情に同情の色が広がっていく
「なぜ、そんな思いをして、ここに居るんだ?」
「・・・・他に・・・行く場所が無いんだよ」
 うめくような声で言った・・・・ずっと、心の中でグルグルと回っていた、揚華の本心だ。
 男が後ろを向き、目配せをする、すると複数の男達がぞろぞろと入ってきた。
「・・・なんだ!?」
 驚いたが、恐怖はない・・・皆、体格も普通、麻の粗末な着物を着ている。
「俺達は少し先の集落に住んでいるものだ」
 最初に入ってきた男が言う、豊かな暮らしではない事は目に見えて解る。
「数日前にここの男に襲われた」
 男の声は震えている。
「・・・・一度の事ではない、その前も・・・何度もだ」
 金に困ると奪いに来るようだ。
「・・・盗賊と大差ないな」
 ふと、そんな言葉が漏れて揚華は最初に会った時、襲ってきた盗賊達のことを事を思い出した。
「盗賊?・・・そんなの比ではないわ!」
 男達の間にそんな言葉が漏れる。
 盗賊たちは、自分の事を塵屑としか、見ていなかった
・・・・そんな風に豺狼も村を襲ったのだろう。
「・・・それで、あんた達は復讐に来たんだね」
「物分りのいい子だ」
 男は感心したように言った。
「あの怪物が帰ってくる前に家に忍び込み、戻ってきたところを一斉に叩く。
・・・そのつもりだったのだが」
 男が揚華を見極めるような目つきで眺めた。
「・・・・・・・」
 魂胆が見え見えだ
「・・・・大丈夫だ、俺はそれをばらしたりなんてしない・・・この姿を見れば解るだろ?」
 ボロボロな体、それは大事にされていない、何よりの証明だった。
「協力してくれないか」
 確信したように男は言う。
「君だって、こんな暮らしは嫌だろう・・・成功すれば、村で引き取ってやる」
 男はまたとない好条件のようにいうが、それに揚華は全く惹かれるものがなかった
 それは、今まで繰り返してきた行動だった。
「・・・・あんたらは、すぐに俺を捨てるよ」
「?」
 不思議そうな顔をされたが、揚華は言わないと気がすまなかった。
・・・身を切られる以上に痛い、心の傷が疼いた。
 だけど
「この生活を終わらせられるなら・・・俺、手伝うよ」
 ここ以上の地獄を揚華は知らない、村人達は安堵の表情を浮かべた。
「これは?」
 懐から出された小さな袋を渡され、揚華は聞いた。
「催眠薬だ・・・湯に溶ける、味はしない」
 男は淡々と言った。
「これをヤツに飲ませてくれ・・・寝込みを襲う」

豺狼 五章、答え

 豺狼が戻ってきた、
 男達は部屋の隅にそれぞれ隠れていたが、散乱した物が良い隠れ場所を作っていた。
・・・人を殺すのだ、揚華に緊張が無いわけではない
 先にあるのも約束された幸せではない
 だけど、もう、自分には耐えられないのだ。
「なんだ?」
 豺狼の様子はいつもと変わらない、冷たい目を揚華に向ける。
「沸かした湯があるから、少し飲みなよ」
「ほう?」
 豺狼は意外そうな顔をする、揚華は内面の焦りを顔に出さない
「いつもそうだからさ・・・ここの水は真水じゃ飲めないんだろ?」
「そうだ」
 汚い髭を触りながら、豺狼は言った。
「ただでさえ、雨が少ない場所だ、湧いて出てくる水なんてあるものか」
 豺狼は鍋の前に座る・・・椀を鍋の中に入れ、湯をすくう
 そして、口を・・・・
「揚華」
 必死で抑えていた胸が、悲鳴をあげそうだった。
 身動きこそしていないが、冷や汗が背中をつたった。
「表に出ろ」
 まだ、一口も口に含んでいない
「何をためらっている?いつもの事だろう」
 確かにその通りなのだ・・・だけど、今日は困る。
「・・・どうしたってんだ?」
 目が次第に険しくなっていく。
「待ってくれ!」
 揚華は豺狼の前でうずくまる。
「・・・・俺には、もう無理だ」
 押し留めるために言った言葉だったが、自然と言葉がでる。
・・・それが自身の本心でもあるんだろう
「あ?」
「体中が悲鳴をあげている・・・もう、お前の言う事は聞けない」
 目だけは豺狼を威嚇しているが、体のほうは動かなかった。
 今度こそ、自分は嬲り殺されるだろう、思わず身構えた。
 立ち上がっていた豺狼は、見下げたような表情を浮かべたが
 改めて座り直した。
「・・・もういい、出てけ」
「・・・え?」
 豺狼に表情はない、その表情は知っている猛獣のものではなかった。
「てめえは、自分の意思を曲げない・・・ソレだけが取り柄だ」
「何を・・・」
 今更・・・
「剣で生きていくには、もっとも必要なものだ・・・才能以上にな」
 豺狼は少し温くなってきた湯を眺めながら言う
「お前は、余計なもんを抱えて生きている」
 揚華は左目を抑えた・・・痛い目に合せた男だが、豺狼だけが、この目を恐れない
「おそらく生涯、忌み、避けられてゆくだろう」
「・・・・解ってるよ」
 誰よりも自分が解ってる・・・しかし、どうしていいのかも解らない
「甘えるんじゃねえよ・・・・誰もお前を守ってくれないぞ」
「!!」
 ビクッ!衝撃が走った・・・それは何よりも正しい言葉だったからだ
「誰の助けも無く、生きていけなければ・・・・」
 豺狼が言う。
「・・・お前は、一生、今のままなんだぞ!いいのか?」
「!!!」

・・・それこそが・・・
 目から、こぼれるものを押さえられなかった。
「・・・・嫌だ!!!」
 伏兵、罠、何もかも頭の中から飛んで真っ白になる。
「そうか・・・じゃあ」
 豺狼はニヤリと笑った。
「答えたら、置いてやる・・・敵は何人だ?」
「・・・・」
 この男は最初から、湯の匂いを嗅いだ際に、すべてを推察していたのだろう
「・・・・四人だ」
 搾り出すような小さい声の後、一斉に男達が飛び出してきた。

 後の事は、全く覚えていない、自分は泣き崩れたまま、中は戦場になった。
・・・もちろん、豺狼が負けるわけがない
 しかし、無抵抗だった揚華が何故、最後まで生きていたのか
 それは自身でも解らなかった。
「・・・お前なんかに」
 悔しくて・・・悔しくて、糸が切れたように感情がこみ上げて、どうすることもできない
「・・・なんで、お前なんかに」
 最も自分を酷に扱った人間に、最も己を理解されているのだ。
「いい加減にしろ」
 村人達は既に物言わぬ姿になってだいぶ経っていた。
「・・・なんで、俺は」
 手を顔に押し付けながら、必死で涙を止めようとする。
「悪い人なんて誰も居なかった・・・・なんで俺・・・」
「悪い人間だって?」
 豺狼が馬鹿にしたように笑った。
「悪い人間なんて居ない・・・・居るのは弱い人間だ」
 ゴワゴワした髪を掻き揚げながら、いつもの表情をみせる。
「お前も・・・こいつらもな、同じだ」
 俯いた揚華は、豺狼の足元を見つめていた・・・顔をあげられない
 ポチョン
「え!?」
 赤く落ちる雫が地面に落ち滲んだ・・・幾つも
 思わず見上げると豺狼の額に血が伝って流れている。
・・・嘘だ、最初の盗賊達よりも遥かに弱い相手だったのに!
 言葉を発せず目を見開いている揚華に向かって、豺狼は言った。
「弱い人間は邪魔だ・・・自分の身は自分で守れ」
 この男は、自分を守って居たんだ。
「・・・・なんで・・・」
「お前が、こいつらに加わって俺を殺すなら、俺はお前も殺していた・・・だがな」
 目が揚華に向き直る。
「言っただろう?置いてやると」
 惨たらしく襲い、忌み嫌われる・・・この男はそういう人間だ。
 だけど・・・
「・・・やっぱり」
 揚華は、思わず出そうになった言葉に慌ててひっこめる。
 この人だけが、唯一の自分の理解者なのだ。
プロフィール

風祭ともこ

Author:風祭ともこ

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