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あらすじ、登場人物紹介、桃源郷

あらすじ

大富豪、維邦(ゆいほう)に見初められた、紅錦香(こうきんか)は
桃の木々に囲まれた理想郷のような場所に住まいを与えられ、囲われて暮らす。
そこに、どこかであった様な懐かしい青年が現れ・・・

(一部に暴力、流血表現あり、苦手な方はお気をつけください)
(官能というほどではない、濡れ場があります)

話の中に出てくる詩は李白の山中問答です。




登場人物紹介

紅錦香(こうきんか)
天女を思わせるような美女
我侭で気が強く、人を愛する事を知らない娘

帝鴻(ていこう)
別の名前を、東王父(とうおうふ)、東華帝君(とうがていくん)
日の象徴であり、東の土地を統べる、神仙の王

金母元君(きんぼげんくん)
別の名前は西王母(せいおうぼ)
帝鴻と対の存在で恋人、数十年前に隠れ(死去)てしまう。

維邦(ゆいほう)
大富豪、紅錦香を愛している。

鴛鴦(えんおう)
維邦の義父、金に目が無い。

蓮久(れんきゅう)
維邦の正妻で鴛鴦の実の娘。

楊采(ようさい)
地味で大人しい紅錦香の侍女
手先が器用で心から紅錦香に慕っている。

泰山府君(たいざんふくん)
人の生命や禍福をつかさどるとされる神
冷静沈着で何事にも動じない性格

天鶏(てんけい)
金母に拾われて、育てられている、使い鳥
東華と金母との連絡係
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一章 雨 桃源郷

 降りしきる雨が地面に跳ね返り、泥水がかかる。
 着替える服はおろか、行く当てすらない。
 それでも、母が手を引くので私は歩くしかないのだ。
 うつろな目で前を見る。
 ・・・・・色彩は思い出せない。

「奥様」
 そばかすだらけの娘が覗き込んでいる。
「・・・・ああ」
 気分が悪い、喉がカラカラだ。
「水を持ってきて頂戴」
 そういうとすぐに、淡緑の瓶に入った水が出てきた。
 垢抜けない娘だが、気立てはよい。
「楊采(ようさい)」
「なんでしょう?奥様」
 楊采と呼ばれた娘は、何気なく、その婦人をみる。
 それこそ、積もったばかりの雪のように一辺の汚れもくすみも無い肌に、長い漆黒の髪。
 その美しい婦人がふわりと顔を近づけてきた。
「ねえ・・・もし、私がここを出るときは、貴女に付いてきて欲しいのだけど」
 心臓がバクバク音を立て始めた。
 実は、この婦人、自分とさほど年齢の変わらない少女だ。
 しかし、その紅色の豊かな唇は、大人の色香があり、女の自分ですら、どうにかなってしまいそう。
 ・・・・そんな風に思えてしまう。
「あ・・・あたしなんかが・・・いいんですか?」
 その存在に心酔する自分が居る。
「ええ」
 婦人は、にこりと笑うと夜着のまま、窓際に立った。
「・・・今日は」
 外を見るとザア・・・と静かな一定の音を立てながら、雨が降っていた。
 雲が厚い、この雨はしばらく降り止まないだろう。
「雨の日は・・・嫌いだわ」
 思い出さなくていい事を思い出してしまうから。

「紅錦香(こうきんか)」
 薄紅の着物に身を包み、髪を高く結い上げた婦人は、主人の所へ姿を現した。
 人の良さそうな精悍な男だ。身なりも整えられている。
「良かった・・・何日も姿を見せてくれないから」
 男は妻に歩み寄り、肩に手を添える。
「あれから、いろいろ考えたんだよ」
 男はゆっくりとなぞるように話し出す、おそらく何度も葛藤し出した答えなのだろう。
「俺は、あいつに騙された・・・いいように利用されていたんだ」
「そうね」
 紅錦香は間を置かずに答えた。
「・・・それで、私は維邦(ゆいほう)様の所に嫁げばいいのかしら?」
「ちょっ!ちょっと待ってくれ!!」
 泣きそうな表情で、男は紅錦香を抱きしめた。
「確かに君を差し出せば、維邦は借金をすべて無かった事にすると言っている」
 男は紅錦香の顔を触りながら、確かめるように言った。
「でも、俺は、君を失ったら生きられないんだ・・・どうしても諦められない」
「・・・・・」
 その言葉を、紅錦香は無表情で聞いていた。
「・・・それで?」
「俺は・・・」
 一呼吸置くと、男は紅錦香を見据えて言った。
「すべてを失っても、君と一緒に居たい・・・付いてきてもらえないだろうか」
 男には確信があった。彼女は幼少の頃から彼と共にある。
 彼の妻にすべく、家に入った養女だったから。
 ・・・・しかし
「ふふふ」
 紅錦香は笑った。口元とは一変、険しい目を向けると手加減の無い平手を打った。
「・・・なっ!?」
「・・・貴方・・・勘違いしているわ」
 冷ややかな目。
「腹立たしいから、言っておかなくちゃ・・・借金があるから、代わりに私が欲しいんじゃない。
 私が欲しいから、借金を作らせたのよ」
 しだいにその表情は妖艶な微笑を浮かべる。
「・・・え?」
「維邦様は、貴方とは比べ物にならないほどのお金持ちだもの・・・少し機嫌をとってあげたら、すぐにその気になったわ」
「・・・その時には、既に私と・・・」
 そうそうと紅錦香は相槌を打つ、ささやかな事のように。
「言ってあげたわ”主人は私の事を愛しているから、ちょっとやそっとでは手放さないわよ”

って」
 うふふと楽しげに笑う。
「・・・少しだけ協力もしてあげたの、上手く事が運んで良かったわ」
「・・・・・そんな」
 愕然とした男はその場に崩れ落ちた。
「全部、お前が仕組んだ事だったのか・・・」
「そうね」
 紅錦香は男を見下ろした。男の方がわなわなと震えだした。
「・・・維邦は・・・」
 声を震えさせながら男は言う。
「正妻がいる・・・その一族の財産でのし上がってきた男だ」
「ええ・・・だから何?」
 整った顔の眉間が、若干動いた。
「・・・お前の事なんて”遊び”でしかないんだぞ!」
 必死の表情で続ける。
「気に入った別宅を作ったから、そこに女を置いて侍らせたい・・・それだけだ」
「だから?」
 ひたすら煩わしいだけだが、男はそれこそ懸命に彼女の足に縋った。
「君を本当に愛しているのは、俺だけだ!!・・・俺が」

ガッ!

 とうとう鬱陶しさに我慢できなくなり、紅錦香は男を蹴飛ばした。
 地面に付いた頭を足で踏む。
「あんた一体、何様よ?聞けば都合のいい事ばかり」
 朝見た夢が頭をよぎる・・・彼女はぞっとするような冷酷な顔をする。
「貧しいのが嫌いなの、愛なんて入らないわ・・・解った?」
 男がふるふると震えているのが解る。
 足とどけてやると、怒りに任せて立ち上がり、男は胸ぐらを掴かんできた。
「いいの?」
 紅錦香は動じない。
「傷モノにしたら、貴方が困るわよ」
 男は我に返った・・・不本意ながらも、着物から手を離す。
「ねえ、楊采を私にくれない?」
 先ほどのそばかすの娘の事だ、男は皮肉を込めて言った。
「・・・君はあの娘を可愛がるね」
 いいえ、と紅錦香は首を振る。
「あの子が一番、私の髪を結うのが上手なの・・・それだけよ」

二章 桃 桃源郷

 山奥へ谷川に沿って船を漕いで遡ってゆく、
「こんな所に人が住めるような場所なんてあるのかしら」
 どこまで行ったか分からないくらい上流で、とうとう不安そうに楊采がつぶやく。
 ・・・無理も無い。
 紅錦香自身、もうだいぶ前から言い出しそうだった。
 が、突如、桃の木だけが生え、桃の花が一面に咲き乱れる林が両岸に広がった。
「あ・・・・」
 桃の花の甘い香りする、ひらひらと舞い落ちる花弁や花粉がとても美しかった。
 船頭が船を止めると、そこには人が一人、やっと通れる道が続いていた。
 それなりの距離はあるのだが、まわりの桃色の景色に心を奪われ、決して、長くは感じなかった。
「・・・・なんと・・・」
 道の終わった場所に、小さな屋敷がある。
 中の庭には、特に見事な桃の木が、そして、その先には、対に存在する小さな滝がみえる
 ザァ・・・・という静かな滝の音が耳に心地よかった。
 特に絶景の場所なのだろう。
 屋敷は、その外観を損なわない白い壁、窓は木目の丸いまどに格子をはめたものだった
 部屋から見た景色も美しかろう。
「・・・・こんな理想郷のような場所があるんですね」
 楊采は頬を赤らめて言う。
 ・・・暢気なものね。
 最初こそ、心を奪われたものの、彼女の目はすでにその先の現実を直視していた。
 こんな場所に、ずっと居たら、退屈で死んでしまう。
 数日後の自分の姿をたやすく想像できた。
「一体、こんな屋敷、どうやって作ったのかしらね」
 ふと、そんな言葉が口に出た。楊采は、逃すまいとすかさず返事をする。
「そうですよね・・・木材を少しづつ船で運んできたのかしら」
 弾むような声、想像し、ワクワクとしている姿が、少女らしい。
「そうでしょうねぇ・・・」
「ですよね!維邦様は本当にお金持ちな方なんだわぁ」
 間違えは無かった。
 そうでなければ、こんな辺境の地に、豪華な別宅を作らない。
 さらに、女まではべらすなんて・・・
 ・・・・バカなんじゃないの?
 舌を出した。楊采が不思議そうに覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
「・・・何でもないわ、それより」
 紅錦香は、庭を眺める楊采に背中を向ける。
「疲れたわ・・・少し休ませて頂戴」

 深い色合いの木目の廊下を渡ると、そのさきに、趣味のよい漆黒の長椅子が置いてある。
 椅子に座るとその先に、見覚えのある景色が広がっている。
 ああ・・・これは、さっき中庭で見た・・・・
「この椅子は特等席なのね」
 特に関心があるわけでない・・・自分で言ってしらけてしまった。
「早く、ここから出たいわ・・・私は・・・」
 そのまま、深い眠りに落ちてゆく。

「紅錦香様」
 どこか、聞き覚えのある声がする・・・どこだったかしら
 甘くて、優しい声だ。
 滝のせせらぎのように心地の良い声だった。
「・・・・ん・・・」
 目を開くと、そこには見覚えの無い男が座っている。
 小さな一人用の椅子に座り、対面している。目の高さが丁度同じだった。
「貴方は?」
「帝鴻(ていこう)と申します」
 帝鴻は静かに笑った。深い赤の瞳が印象的だった。
 男性としては平均的な大きさなのだが、幾分、華奢な様に感じる。
 顔立ちのせいだろうか?
 ・・・何も言わず、見定めるような様子に帝鴻は警戒を解くように言葉を続ける。
「元々、ここに居たものです」
「・・・ここに?ここは貴方の住まいだったの?」
「それは違います」
 帝鴻は首を振る
「この屋敷は維邦様の作られたもの・・・ですが、それよりも昔から、ここは私の場所なのです」
 何か言いかけた紅錦香の唇の前に、帝鴻は指を立て
「これ以上は言えません」
 といたずらな表情を浮かべて笑った。

・・・・この男?一体、なんなのだろう

「慣れない場所でお困りでしょう・・・私でよければ、いつでもおりますので」
「・・・そう」
 維邦が用意した世話係か・・・?いや、なんだか違うような気がする。
「貴方は、ずっとここに?」
「・・・ええ」
 色素を忘れて生まれてきたような銀糸の髪が、丁度、手を伸ばせば届きそうだったので触った。
「・・・そう、なんだか勿体無いわね」
 町に居たら、どうだろう・?・・年頃の娘なら、一度は憧れそうな容姿だ。
 顔を近づけたら、さすがに帝鴻は頬を赤らめた。
 ・・・純真で誠実な人なのだろう、警戒は解けた。
 このような、場所で暮らすと、欲や煩悩には一切、関わらずに生きられるのかもしれない。
 だけど、物足りないわ。
 この庭の景色と同じだ、きっとすぐに飽きてしまう。
 常に上の生活を羨んで来た・・・それこそが自分の生き方だと思う。

三章 西王母 桃源郷

「維邦(ゆいほう)様」
 この屋敷の本来の主、
 そして、新しい自分の夫である維邦が、現れたのは二日後の夜だった。
 屋敷に近づくにつれ、歌声が聞こえて来る。
 誰に歌っているわけでもないだろうが、大変美しい声だ。
 屋敷の庭に着く、
 中庭に椅子を置き、座る女性の姿を月明かりが照らしている。
 背中には二つの対になった滝が流れ、
 周囲を囲う桃の花は青白く輝き、ひらひらと花弁を散らしている。
「紅錦香」
 維邦はその女性の名を呼んだ。
「来るのが遅くなってしまい、本当に申し訳ない」
 紅錦香は微笑を浮かべると、歌を続けた。

 問余何意棲碧山  余に問う何の意ありてか碧山(へきざん)に棲(す)む
 笑而不答心自閑  笑而(わら)って答え不(ず) 心自ら閑(かん)なり
 桃花流水們然去  桃花流水(とうかりゅうすい)們(よう)然として去る
 別有天地非人間  別に天地の人間(じんかん)に非ざる有り

 人は尋ねる、どんなつもりで人里離れた山の中に住むのかと
 私は笑って答えない 心は何処までも長閑だ
 桃の花びらを浮かべて水は遠く流れてゆく
 ここには俗世間とは違う世界があるのだから

 維邦はふらふらと吸い寄せられるように、彼女に近づいた。
 恐る恐る手を伸ばす、幻影のように感じられた。
 ・・・手よりもひやりとした、しかし、確かな感触があった。
「お会いしとうございました」
 紅錦香が静かに言った。
「私は・・・女神に出会ったかと思ったぞ」
「お戯れを」
 艶やかな赤い唇が微笑んだ。
「まだ、お酒も召し上がっておりませんのに」
 月明かりが、すぐ目の前の彼女を姿を照らし出す。
 白の薄い衣・・・胸の形や突起、尻の割れ目まで解る。
 維邦がそれに気づいたときに、紅錦香は困ったように頬を赤らめた。
「寝付けなくて・・・夜着のまま、お会いするなんて」
 背を向けた。
「身形を改めてまいります・・・お酒もお出ししなければ」
 そして、歩き出そうとした時、大きな腕が伸びてきた。
「・・・いや、このままでいい」
 後ろから伸ばした手は紅錦香の乳房を掴んでいる。
 もう片方は腰へ
 維邦は紅錦香の耳元でささやいた。
「不自由は無かったか?・・・なんでも言ってくれ」
 荒い息遣いが耳に吹き込んできた。
「・・・・さみしかった」
 言葉が出しづらい。
 すでに維邦は紅錦香の乳房を舐り始めているのだ。
「私は天女ではありませんから・・・」
 涙が流れる。
「愛してもらわないと、さみしくて死んでしまいそう」
 腰にまわした腕が、紅錦香の腰紐を解いた。
「可愛い娘だ」
 そう笑うと、首筋に舌を這わせ、衣を剥ぎ取った。
「恐ろしくなるほど白い肌だ」
 地面に寝かした娘に執拗な愛撫を続ける。
 ああ・・・という娘の歓喜の声が春の夜に溶けた。

 翌日

 身形と改めた紅錦香は、維邦の目覚めを伺い
 楊采に朝げを用意させる。
「義父には、商談のため出掛ると言っておってな」
 申し訳無さそうに言う。
「そうですか」
 紅錦香は悲しげな微笑を浮かべる。
 寂しそうだが、それを見せまいとする姿がいじらしい。
「鴛鴦(エンオウ)様はお元気ですか?」
「ああ・・・本当に」
 鴛鴦とは維邦の義父の事だ。
 逞しく日に焼けた体格のよい男、維邦は、その姿に似合う、豪快な様子で朝げを平らげた。
「あれでは、わたしに仕事を任せてくれるのはだいぶ先だな・・・」
 言い方に嫌味はない、親子関係は上手く行っているのだろう。
「何よりです」
 微笑で答える。
「・・・どうか、また、お越しくださいね」
 別れ際、維邦の胸に顔をうずめて、紅錦香はさめざめと泣いた。
「当たり前だ、お前に寂しい思いをさせるものか」
 維邦は笑うと、傍にあった衣を紅錦香に渡した。
「これは?」
「お前の為に作らせたものだ」
 純白の絹を複雑な模様で織った。光沢の美しいものだった。
「ここは私の理想郷なのだ」
 維邦は目を輝かせながら言う。
「初めて、ここに来たとき思った、こここそが私が求めてきた場所なのだと」
「ええ・・・本当に綺麗な場所ですわ」
 紅錦香はうなづき、話を続ける。
「まるで仙界のよう・・・」
「お前は・・・」
 維邦が彼女の頬に手を伸ばす。

「”西王母”という女神を知っているだろうか?」
 いいえ、と答えると、維邦は興奮気味に続ける。

「崑崙山に住む、不老不死の力を与える女神だ」
 崑崙山には桃の木が連なり、その桃は長生の効能があるという。
「そう・・・」
 紅錦香は困ったように笑った。
「維邦様は私を女神にしたいのですね」
「人にするには惜しすぎる」
 維邦は強く彼女を抱きしめた。
「笑っても良い・・・しかし私は、初めてお前を見たときから思ったのだ。
 この娘は、女神が間違えて人として生まれたのではないかと」
「お上手ね・・・」
 そして彼女の唇を吸う。
「では・・・・」
「あ・・・一つお聞きしたいのですが」
 紅錦香は、どうしても引っ掛かる事がある。
「なんだい?」
「・・・私の身の回りの者なのですが・・・」
 その先は、あえて言わない。
「やはり、侍女一人では、寂しいか・・・」
 維邦は困ったように言った。

 ・・・やはり、あの男は、維邦が使わせた者ではない。
 疑問は確信に変わった。

「いえ、そんなことはありません・・・ううん、二人の方が落ち着くわ」
 表情が多少、引きつったが、維邦は全く気に留めない。
 紅錦香は維邦を見送った。

四章 仙 桃源郷

・・・・寂しくないか・・・ですって?
 愚問だ、若い娘がこんな場所で、楽しいわけが無い。
「余に問う何の意ありてか碧山に棲む」
 昨日の歌の一節を歌う。
 こんな場所に埋もれてしまうほど、自分は安くない。

 どうしたら、わたしはここから出られるかしら?
 もちろん、維邦の寵愛を受けたまま。

「・・・なら・・・」
 紅錦香は呟く、ならば、まずその父親の鴛鴦が邪魔だ。
 鴛鴦が死ねば、財産はすべて維邦の物になる。
 ・・・とはいえ、世間体を気にして、維邦は正妻を手放さないだろう。
 維邦が常に傍に置きたくなるような女にならなければならない。
 権力の源である正妻すら、追い出したくなるほどに。

「・・・・あら、貴方」
 維邦が帰ったのを見計らったかの方に、帝鴻が姿を現した。
 どことなく寂しそうに見える。
「ねえ、昨日から・・・ずっと見てたでしょ?」
 当てると、帝鴻はハッと顔を赤くした。
「気配で気づいたの、全く、人が悪いわね」
 からかうように笑うと、帝鴻は怒るのを必死で抑えるように呟く。
「・・・貴方は、本当にそれでいいのですか?」
「何を?」
 紅錦香はつまらなさそうに答える。
「私がここに居る目的、知ってるでしょ?」
「だけど貴女は・・・・」
 帝鴻は必死な目を向けた。
「貴女は彼のことを愛していない」
「私はね」
 紅錦香はつかさず答えた。
「誰かを好きになったことが一度も無いわ・・・だから何とも思わない」
 不敵な笑いを浮かべた。
「それよりも」
 紅錦香は警戒を強めながら言う。
「貴方は一体、何者なの?維邦様の使いではないのでしょう?」
「ええ」
 隠す様子は全く無かった。
「話す必要が無いなら、言うつもりも無かったのですが・・・」
 観念したように、帝鴻はため息をついた。
「奥様」
 朝げの片づけをした楊采が顔を出した。
 そういえば、楊采は帝鴻と会った事がない、この様子をみれば、さぞ驚くはず・・・・
「?」
「どうしました?奥様」
 心配そうに、楊采が顔を近づける。
「・・・・ねえ、ここに今、何人居るかしら」
 現状が解ったが、認めたくない。

「何を言っているんですか!わたしと奥様の二人だけでしょう?」
 困った顔で楊采が笑った。
「今更、人が恋しくなりましたか・・・あたしはやっと馴れて来たのに」
 ・・・・ああ・・・やっぱり、そうなのだ。
「解りましたか?」
 帝鴻は困り顔で言うが、紅錦香は納得がいかない。
 彼の頬を、髪を、体をペタペタと触り続けていた。
「・・・体があるのに・・・」
「幽霊ではありませんからね」
 帝鴻は微笑を浮かべた。
「私は仙人です」
「仙人?」
 それでは、さっきの維邦の話の続きではないか。
「言ったでしょう?ずっと昔から住んでいると」
 確かに、こんなみごとな場所ならば、神の領域のように思われる。
「あらあら、維邦様は本当に理想郷を手に入れちゃったってことなのね」
「それは少し違います」
 帝鴻はおだやかに微笑んだ。
「ここはただの入口です・・・本来の場所は、こんなものではありません」
 ・・・・え!?
「驚きましたか?」
「ええ・・・ねえ」
 不審感は拭えないが、それよりも今は興味の方が大きかった。
「そこに私を連れて行ってくれないかしら」
 帝鴻の表情が動いた。紅錦香は困ったように言う。
「だって私、本当に暇なのよ・・・このままじゃ死んじゃう」
「困りましたね」
 帝鴻は少し悩んだが、少しして、解りましたと承諾をした。
「入口を知られたくないので、目隠しをして・・・私が手を引きましょう」
 謎が多くて不審ではあるが、不思議と恐怖を感じさせない人物だ。
 紅錦香は頷く。
「・・・あと」
 帝鴻の目が、すこし恥ずかしそうに、紅錦香から外れた。
「貴女の名前を敬称なしで呼びたいのです・・・紅錦香と」
 紅錦香は笑った。大した用件でもない。
「解ったわ、帝鴻」
プロフィール

風祭ともこ

Author:風祭ともこ

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